このブログは私の主観に基づいているので決して鵜呑みにしないでください。

 

現在の私達夫婦の食生活はヴィーガン(動物を食べない、生活に動物由来のものを一切取り込まない)と小食。

これらを始めて一年弱、紆余曲折あったが現在は午後のお茶と夕飯(一食)に落ち着き何の支障も無く快適に過ごしている。

精神、肉体両面にとても大きな変化があった。少量の米や野菜をゆっくりしっかり噛んでいると、水や作物それを育む大地(自然)への有り難さと慈しみの気持ちが心の底から涌いてくる。これらの恵によって生かされていると実感する。

 

私たちは神(宇宙)が用意してくれた大いなる自然無しには何一つ作り出すことも出来ないし

存在することも出来ない。太陽は一瞬たりとも休まず無償の愛の光を分け隔てなく届けてくれる。

すなわち私たちは地球太陽宇宙と一体でその法則に従って生かされている存在なのだ。

 

次回はヴィーガン、小食になった理由と外面の変化について綴る予定です。

これまでの人生の中で最大の気付きを授かった。それは昨年末に視力を失ったことがきっかけになった。

五年ほど前より緑内障と診断を受けこのままでは失明すると警告されたのだが、そのとき何故か失明しても良いと思ったのだ。点眼薬や手術による視力維持の方法もあるのだが、私はこの目の状態を受け入れ失明したらその生活を満喫してみたいと理由も分からないままそう思った。そして現在はそのようになっている。確かに生活は不便であるが内省する時間が増え人生での充実感は倍増した。

疾患での失明ではあるが私に気付きを与えてくれるための贈り物だと感じ、心の底から感謝し何を気付かせたいのか自分はどんな人生を望んでいるのか、心の奥を探求してみることにした。 つづく

私とは一体何なのか、何故生まれてきたのか、死とは何なのか、何故病気になるのか、疑問に思う人は多いと思う。

私も幼少の頃より今までずっと疑問に思ってきた。

今現在での私なりの答えを綴っていこうと思う。

ひとつの答えが見つかると全てが見えてくる、そしてこれからどう生きるべきかさえも見えてくる。

このカテゴリーは(心の扉を開けば)というタイトルでシリーズ化します。